2018年11月25日日曜日

シーカヤック 一人旅

 いずれの旅がそうであるように、全てにおいて自由気ままな一人旅は、ほんとうに楽しい。
 時間という概念をすて、日がな一日を勝手気ままにやりたいことを夢中になり遊びまくる。理想のキャンプサイトを設営し、スケッチや絵に没頭する。腹がへったら火を熾して飯を食い、そしてまた遊びに夢中になって「時」を忘れる。
 沈む夕陽をながめ、日が暮れ、また火を熾して「暗闇の夜」を楽しむ。
 満天の星空の浜辺、焚き火のかたわらにて潮騒を夢枕に、遊び疲れていつしか深い眠りに就く。
  海鳥たちのざわめきと、そよぐ浜風に目覚め、明けゆく朝焼けの空をながめ、火を熾して暖かい飲み物を淹れる。
 そして、昇る朝日と共にまたあらたな一日、自由な「旅」が始まる。
 さて、今日はどの無人島へと 漕ぎ航ろうか……

 そんな無人島のシンプルなシーカヤック・一人旅は、いくつになってもヤメられない。




2018年11月6日火曜日

外事 ひとこと



かつて私が携わった雑誌について、ひとこと。
これはあくまでも私の個人的な意見、もしくは感想としてのこと、そしてまた、かつて出版界に携わってきた人間としての嘆きでもある。

その雑誌の表紙には、サルが寝そべり「ゴミ 捨てんなよ!」とほざいていた。
私は雑誌の中のエスケープ・ルートというコーナーに時々だが、イラストを連載寄稿していた。
ある日、送られてきたその雑誌のコラムページに、原発の俗にいう「死の灰」の処理方法を肯定する記事が載っていた。
〜原子力発電所から出た「死の灰」をガラス容器に詰め込み密閉して地下300メートル埋めれば安心ですね。〜
という、まるで幼稚園生を説得する様な言い訳じみた解説のついた、これまたテキトーで稚拙な図解がまことしやかに掲載されていた。
「これって、このエコロジー雑誌が「死の灰」を肯定するのは、オカシィんじゃないの。……だって、土壌汚染の原因になるセシウム137の放射線半減期は約30年で、1000分の1以下になるには300年、しかも原発から出る「死の灰」全体に含まれる放射能が半減するまでに200万年かかるんだよ……、その間、だれが管理するの?200万年の間に地殻変動で、300メートルなんてアッという間に地表に出てくるゼ!」
と、当時、副編集長だったエスケープ・ルート担当者に、怒りを込め自分の想いを投げかけた。
すると彼は「イトーさん、出版は『金』がないとできないんですよッ!」と。
「?……。だったら表紙のサルの看板、外しなよ!『ゴミ 捨てんなよ!』と言ってるじゃないか。エコロジー雑誌なんて名前付けんじゃねぇヨ。」と言葉は暴力的だが、冷静に想いを伝えたのだった。

そのやりとりがあってか、それっきり連載コーナー・イラストの依頼は、翌月からピタッと来なくなってしまった。いいんだけどね、外にやる事あるし。

しばらくして、東北大震災が起き、例の福島原発人災により爆発!した。
言っとくが、この原発事故は天災ではなく人災・ヒューマンエラーである。「想定外による〜」と関係者が7年経った今でもヌケヌケとほざいているが、この事故はれっきとした人災なのだ。
その原発の危険性を、20数年前に発刊された雑誌デイズ・ジャパン・原発特集記事や、広瀬隆(ひろせたかし)氏の著作本(そのすべてがまるで原発事故に対する予言書)の数々、そして京都大学原子炉実験所・元助教 小出裕章(こいでひろあき)氏などが40前からその危険性を警告し続けていたのだった。

で、福島原発事故後に宝島社から発行された別冊・原発に関わる関連会社の特集を読み解いてわかった。
東京電力と電通、そしてサルが寝そべり「ゴミ 捨てんなよ!」とほざいていた雑誌を発行している出版社は原発事故当時、東京電力すぐ近くにあるTEPCO・テプコ・ビルに在籍する同グループで、各メディアの仕事をそれぞれ分担していたという事をね。

原発事故後、そのことが巷にばれてか、その雑誌の表紙のサルは、いつのまにかどこかへ雲隠れし「ゴミ 捨てんなよ!」の看板コピーライトは消されていた。しかも、腹黒いその出版社・編集部はいちにの三で住所を変え引っ越し、今現在では社名も変え新宿界隈をウロついているらしい。
しかし東京電力と電通、その雑誌メディアとしての関係性はサルを隠したところで本質は変わらないだろう。
おお〜い みんな、ダマされんじゃ ね〜よ!
事故発生から7年過ぎて、もう忘れたかな? のどもと過ぎて、なんとやら…… 
今現在でも事故発生当時と全く変わらず状態ってことを。 
フクイチの原発事故現場では、今でも放射能や汚染水はダダ漏れ状態だし、隣接する海域は流れ出る汚染された地下水や冷却水が、秘密裏に放流され続けているのだから。

原発 反対! 福島返せ!!



「地球にいいモノ、いいこと・スローライフ・スローフード・LOHAS・ ロハス・ライフスタイル……」等など、
雲隠れしたサルに、ダマされんじゃねぇ〜よ! バカヤロウ〜!

原発 絶対反対! 福島返せ!!

と、メディアは 声を大にして叫ぶべきだ。〜と 想うゼ!


原発 絶対反対! 福島返せ!!
叫べ
原発 絶対反対 を

 




2018年11月3日土曜日

薪ストーブ・ライフ ファイヤーサイド2019年カレンダー

ファイヤーサイドにて販売開始!

 

 2006年の夏から2009年の秋9月までの3年間、信州・駒ヶ根の「薪ストーブ」バーモント・キャスティングス日本総代理店ファイヤーサイドにて広告および商品開発のアート・ディレクターとして、薪ストーブ&関連商品・販売促進に参加させていただいた。
 参加する以前は薪ストーブ設置例の写真中心のカレンダーだったが、イラスト・レーターでもある私の提案で、薪ストーブおよび関連商品の販売促進につなげるべく、もっと夢のある薪ストーブ・ライフの世界をイラストレーションで表現しすることになった。
 ファイヤーサイド社長のポールさん宅の敷地内にある大きな蔵に間借りし、薪ストーブ「アンコール」ひとつでマイナス15度前後にもなる駒ヶ根の冬を3年過ごした。
 出勤前の朝は薪割りに始まり、同時に薪ストーブで飯を炊き、卵焼きとシャケを焼いて弁当を作る日々を送った。暮れなずむ夕暮れ時は半額シールの張られた握り寿司弁当をスーパーで買い込み、蔵に戻ってストーブに薪を焼べ足し、湯を沸かしてお茶を淹れ、弁当を喰らうという薪ストーブ・ライフをそれなりに楽しんでいた。
 そんな薪ストーブ・ライフを想い出しながら、1月から4月、そして7〜8月の3枚を描き上げた。残りの3枚は……カレンダーはカレンダー、カタログはカタログ、それぞれの役目と機能は違うのでは?……との疑問を投げかけたのだが、今回は、ポールさんや新しいスタッフの希望をふまえ、新商品のカタログ的に描き上げたのだった。

 今回のカレンダーに携わってみて、日本における薪ストーブ業界のあらゆるシーンが、10年前とはかなり変化している気がした。が、しかし、薪を割り、乾燥させ、薪ストーブで燃やし、寒い冬を暖かく過ごすという、シンプルな薪ストーブ・ライフは何一つ変わらないと想うのだが……
 いずれにしろ、薪ストーブと共に日々を暮らす多くのユーザーが、一年を通して幸せに日々を過ごせる事を願いつつ描き上げた、2019年度のファイヤーサイド・カレンダーだった。

ファイヤーサイド・ホームページ
https://www.firesidestove.com
 


 楽しかった薪ストーブの暮らしから遠く離れた今現在は、真冬でも平均気温15度前後の南国・沖縄&奄美で、シー・カヤック漕いで無人島に渡り2〜3日ウィルダネス・キャンプを楽しみ、琉球古来の木造船「サバニ」を造船しつつ、少数精鋭クルー3人のサバニ・チーム「風」を立ち上げ、2〜3年後は季節の南風を帆に受け沖縄を漕ぎ出て奄美へと航り、そのあとは遥か若狭の海を目指し、若狭の風をつかまえ琵琶湖の水面をサバ二で滑走する夢に向かって、日々「注染・手ぬぐい」作りと「奄美24景〜36景」のドローイング制作に励んでいる。



薪ストーブ・ライフ 手ぬぐい 2


ファイヤーサイドにて販売開始!
その2~「薪ストーブ」〜 寒山一景

 

 

 遡ること25年前の1993年ごろ、モノ・マガジンの別冊・サバイバル・マガジンの取材で初めて長野県川上村に住む作家・田渕義雄(タブチヨシオ)氏を訪ねた。氏の山小屋風の居間には、初めて見る真っ赤な「薪ストーブ」バーモント・キャスティングス社製のデファイアント・アンコールが、赤々と燃えていた。
 田渕氏はデファイアント・アンコールを日本で初めて個人で輸入し、真冬にはマイナス20度にも冷え込む日本一標高の高い川上村・寒山にて、就筆の傍ら、ひとり孤高にシェカーデザイン家具の「椅子と机」を独学で造り続けていたのだ。
 その出会いから2年後の1995年、我々は雑誌アウトドア・イクィップメントを創刊し、コマーシャリズムに乗らない、広告に頼らないアウトドア情報誌を世に送り出し、真のアウトドア・ライフの世界を紹介・提案したのだった。
 刷り上がりホヤホヤのアウトドア・イクィップメント創刊号を手に持ち、田渕氏の自宅を再訪した際、氏自宅前の小さな坂道を車で駆け上がったところで200m向こう、ミズナラ林の中にひっそりと佇む田渕氏宅の赤い屋根が見えてきた。そこに立つ黒い煙突から流れ出るうす青い狼煙(のろし)を目にしたとき「いまここに真の自由の入り口に、自分はやっとたどり着いたのだ!」という感情が込み上がってきて、自然と涙が流れ出た。
 そのあといくつかの時を田渕氏と過ごし、多くのことを学ばせていただいた。
 氏との出会いによって、私なりに確信したことがある。
〜河辺の「焚き火」向こう岸に「薪ストーブ」が燃えている。その間に流れる深き河は、自由な精神をこころに持ちつつ、己自身の力で泳ぎ、または漕ぎ進むのだ。〜 と、いうことを。

初めて見たデファイアント・アンコールの赤々と燃える炎を想いつつ、寒山の一景を手ぬぐいとして、染め描き残したのだ。



ファイヤーサイド・ホームページ
https://www.firesidestove.com

2018年11月2日金曜日

薪ストーブ・ライフ 手ぬぐい

ファイヤーサイドにて販売開始!
その1〜「薪割り」


 ガスと中部電力を止め、薪ストーブ「アンコール」ひとつで、深夜はマイナス15度にもなる冬の駒ヶ根を3年過ごし薪ストーブ・ライフが何足るかの多くを学んだ。
 10月末に熾したストーブの火を翌年の4月末までの半年間、一度も消すこと無く燃やし続けるのだった。
 朝は、寝起きすぐにストーブに薪を焼べ足し、マイナス10度前後の外に出て、30分かけ玉切りされたミズナラやクヌギ4~5個を手斧(グレンスフォシュ薪割り斧no.442)でカチ割る日々。玉切り2〜3個を割りすすむと体が熱くなり、フィールド・コートを脱ぎ、長袖のシャツ、そして5個目を割る頃にはTシャツ一枚になっていた。
 薪を割り終え、焼べ足された薪ストーブで暖かくなった室内へともどり、大きめの手桶にストーブ・トップのケトルから熱湯を注ぎ水を足し、熱めのお湯と手ぬぐいで体の汗を拭きとる。
 そんな楽しい雪国・駒ヶ根の冬の薪ストーブ・ライフを想い浮かべながら、秋の薪割りシーンの一景を、2色の手ぬぐいに染め込んだ。




*ファイヤーサイド・ホームページ
https://www.firesidestove.com



2018年10月27日土曜日

ジョン・レノンのこと

高校1年の冬、深夜のラジオ~オールナイト・ニッポンから、
鐘の音に続く、なつかしいジョンの叫び声「マザー」が聞こえてきた……
そんな青春まっただなかに「自由に生きる」学びを、
彼の歌に見つけた!
 1970年の冬、深夜に友人の家に集まった我々は、ポータブル・ラジオから聞こえてくるオールナイト・ニッポンの深夜放送に耳を向けていた。その年4月のポール・マッカトニーの突然抜け駆けによるビートルズ解散から久しく、しばらくぶりにジョン・レノンの新しい曲「マザー」を叫ぶなつかしいジョンの歌声が冒頭の鐘の音と共に聞こえてきた。血を吐くような叫び声に我々は夢中になリ息をひそめて聞き入った。
 高校2年のとき「ジョンの魂」と「イマジン」という2つのLPソロ・アルバムに人生の「宝物」を見つけた。その宝箱の中には真実の「愛」と「平和」に関する多くの誰もが理解できるわかりやすい言葉が、シンプルなメロディとリズムで満たされていたのだった。言葉ひとつひとつの全てを噛みしめるように何度も聞き直し、いくつかの気に入った曲をギターをつま弾きながら、ジョンと一緒に歌い続ける日々を送っていた。
 「マザー」の叫びと「イマジン」のメッセージに 心奪われた高校時代

 人生でいちばん多感な高校時代、ジョンのソロ・アルバム傑作2枚「ジョンの魂」と「イマジン」に出会った事で、私の人生は決まった感じがする。いまにして思えば、ビートルズ時代に創り上げてきた全ての曲の「投げかけ」は、この2枚のソロ・アルバムに表現されているメッセージが「答え」として完結したのだったと感じている。自分自身を見つめ直し「孤独・愛・真実・夢・平和、そして、自由に生きること」の答えと問いかけを、ジョンの「叫びと、ささやき」が教えてくれた。
ロックン・ロールあふれ出るソロ・カバー・アルバム、
カバー曲「Stand By Me」はオリジナルを越えていた
 前作「心の壁、愛の橋~Walls and Bridges~」から、ひさびさのアルバム1975年発売の「ロックン・ロール~Rock’n Roll~」は全てカバー曲の構成だが、どれもがジョン・レノンのオリジナル曲か?と勘違いしてしまうほどの完成度で表現されている。ジョンの大好きな原点回帰的ロックンロールが爆発する「スタンド・バイ・ミー」のYouTubeのメイキング・スタジオ録音映像は、涙が出るほどカッコ良く、そして素晴らしい!






2018年10月25日木曜日

Coo(クゥ) 永眠す

Coo お昼寝〜2017

 伊東家では、いつの時代も家族の中に猫がいます。16年前東京・稲城の我が家にやって来たヨソん家のメス猫が、4匹の子猫を産みました。2匹は知人に里親として引き取ってもらい、残りの2匹 Ichi(イチ) と Coo(クゥ) は、我が家にて家族同然として共に16年の時を過ごしてきました。
そんなおり、いちばん末っ子のCooがこの一ヶ月前から急に調子が悪くなり、今月・巨大台風24号通過あとの 10月12日am2:04分、とうとう16歳で急逝しました。
 猫の16歳といえば人間にたとえるなら80歳ぐらいの年齢だということでした。 80歳?とはいえ、しょせん猫は猫、いつまでたってもその愛くるしさは産まれた時と変わらず、その仕草・行動は 16年間 同じ様な安らぎと愛嬌を、私たち家族に与えてくれる存在でした。




Coo 永眠 おやすみ ~2018 

 台風25号が過ぎ去り、海も穏やかになった10月19日、私たちは沖縄からフェリーで故郷・奄美大島へと航リ、実家の庭先に眠れるCooの体を埋葬したのでした。

Coo 面影~2018

 亡き母「幸子」は、9年後の洗骨・改葬〜(土葬にして13年間寝かせたあと、家族で掘り起こして浜辺の海水で洗骨し、砂浜にて家族で薪を積みあげ荼毘(だび)に付す、昔ながらの奄美の埋葬法)〜による再会に向けて、いまも故郷・奄美の屋形(やぎょう)の下、土の中にて眠り続けております。


母 眠る~重量500kgのサバニが空飛ぶ
台風24号・風速63mの暴風にも耐えた
母の築4年目の屋形。よく見ると風上・
海側の屋根板一枚が飛ばされていた。
〜2018

 9年後、母の改葬のおりには、Cooも一緒のタイミングで掘り起こし、そのかわいい体に触れる再会を 楽しみにしています。
 それまで 元気?でね  おやすみ Cooちゃん!


*とり残されたIchiは、突然いなくなった
Cooを探してときどき各部屋の隅々を
うろつき、ひとり寂しげな声で
ないています。~2018 



胸 が 痛みます




2018年10月7日日曜日

台風24号 おッ おォぉ〜!

 

なっ… なんてこッタァ〜!!

サ サバニがァ〜!……

 


ち チーム「風」のサバニが台風24号の風にのり
壁を越え 塀の向こうに 飛びました。
長さ7m  船台とサバニ船体の総重量あわせてなんと 500kg
台風24号 おそるべし
ビックリです!



チーム「風」のサバニだけに 風にのり 
カッ飛び ます!

来年は ブッ飛ぶぜェ〜〜!!

アキラ! シンペイ!
よろしく




2018年9月17日月曜日

新たな サバニ旅 へ



サバニ・レース 再スタート

来年2019年の6月下旬もしくは7月始めの土日に開催される、座間味〜那覇45kmサバニ帆漕レースは20回記念大会を迎える。
我々 サバニ・チーム「風」kaji は過去2回(2015年・2016年)の参戦で、’15年度レースは40艇中38番位置スタートで結果18位、’16年度レースは41艇中18番位置スタートで結果総合8位の成績を残した。昨年’17年は自艇の未完成と、今年’18年はクルー諸氏私事情により不参加と相成った。が、しかし来年’19年は20回記念大会ということもあって、全員合意のうえ参戦を決意し今年秋から来春5月の作業にて自艇完成を目指すことになった。
これまた最後尾からのスタートというハンディをモノともせず、参戦するには上位入賞を狙うダークホース的サバニ・チーム「風」kaji の参入である。
レース後はそのまま一気に奄美大島へと向かう。その後は数年かけてコツコツと仕事の合間を抜け出して、吐噶喇(トカラ)諸島を渡りつないで九州西岸を駆抜け、玄界灘を越え、島根沖から若狭湾へと渡り、友人の助けを借りてユニック・トラックにて琵琶湖に持ち込み、琵琶湖の風をつかまえ、風吹くままに野宿で旅するという壮大な「夢」に向けての新たな旅立ちでもあるのだ。
吹けよ風、カーチベ(夏至南風)をつかまえ、めざすは琵琶湖!の旅のスタートである。
アキラ、シンペイ、タカシ、行くぞぉ〜! 




2018年8月21日火曜日

レイアウト・デザイン・ラフ


最初にあるのはテーマ
次に素材のラフ構成が大切!

 



 伝えるべき「テーマ」に必要な素材をかき
集め、タイトル素材を中心に置き、
脇役をバランス良く周りに配置する。
このバランスが大切!
ページ・レイアウトとは「起承転結」の考
えを基に、タイトル・リード・本文・キャ
プション(細部への説明)の流れが
全てを伝える基本。
それ全てを読み手の立場になって、文字の
読みやすさと文章の流れ、その丁寧さが、
ノン・デザイン・レイアウトだと想う。
ノン・デザインとはデザインを感じさせな
いで読み手もしくは観る側に、伝えるべき
テーマ要素をサラッと簡潔に伝えること。
レイアウト初心者のよくやる升目均等割付
けは論外。文字ヅラやヘッドラインを
揃えたり左右対称も含め、
ただの羅列はつまらい。
レイアウト・デザイナーは非対称の
バランスや美しさを日本の素朴な
「生け花」に学ぶといい。 


(図;8月27日発売予定 Fielder 41号〜連載項・ラフ)




シルエット

早朝4時、20ワットの薄明かりの中
美しい花束がシルエットで輝く。



早朝ふと目覚め、枕元の時計を覗けば朝の
4時、外はまだ薄暗く猫2匹も静かに眠て
いる。ふと足元の障子の隙間から間接照明
の薄明かり手前に、花瓶に挿された花束が
淡いモノトーンのシルエットとなって
輝いていた。
その美しさに観とれしばらく眺めつづけ、
気がつけばその美しさに筆を取り、
花束の光の影を幾つかの面相筆で
墨の濃淡だけで描いた。
なんと夜が明けた
8月2日は、4年前に亡くなった母の
今年で89歳の誕生日だった。 
〜亡き母〜に対する、今を共に生きる
大切な人の「優しさ」を、
この美しいシルエットとして
描き残すのだった。

〜  感謝  〜

2018年7月24日火曜日

浜辺の宿


道なく 人知れず 無人の浜
カヤックを漕ぎ たどり着く
ひとり 
流木を拾い集め 一夜の宿を組み上げ
火を熾し 湯を沸かし すこしの暖をとる

水平線 彼方に沈む 深紅の夕陽
暮れなずむ浜辺の空に輝く 光と影 

薪火をながめ 今日を振り返る 
自身を そして 人を想い 明日を想う

潮騒を夢枕に 星々を眺めつつ 
いつしか 深き眠りに 落ちてゆく


2018年7月23日月曜日

野に 宿る

野宿の旅だからこそ
風に吹かれ 雨に打たれ
太陽の輝きと 月の光
そして
夜の暗と 満天の星空に 戯れる
美しきかな 時の流れ
素晴らしきかな
人生は

2018年6月13日水曜日

タープとモスキート・ネット


極楽パラダイス・ホテル

ソフトハウスのテントもいいが一度タープ下で寝てみな、外で遊んでいる感じ満載なこのフルオープン感覚が魂の解放と共に、身も心も自由への世界へと解き放され、放浪の旅へと人生を踏み外し、娑婆に戻れなくなってしまうゼ!

相当な経験値の高い外遊び人の集大成であるこのモスキート・ネットには蚊もビックリ! オーストリア Design Salt社の〜COCOON〜コクーン・シリーズのこれは10年前に手に入れ、今では旅には欠かせない道具のひとつ。イラストの旧タイプは重量290gだが、最新のモデルは175gとさらに軽く、シングルサイズの価格は6,000円也。お求めはA&FカントリーShopへ。

 一本の流木と小さなタープさえあれば、砂浜は天国に。ソロ・キャンプのビバークは突き刺した1本の棒を細引きでテンションをかけて固定する。タープを張り四つ角をペグ・ダウンして日影とし突然の雨に備える。このシンプルな謙虚さがいい。
素肌に優しい木綿シーツかバスタオルを敷いて快適に。一夜を過ごすなら2×3mサイズの少し大きめなタープを三つ折りにして床に敷く。その上にシーツかバスタオルを置き、明るいうちに頭上の位置にモスキートネットをセットして夜に備えるといい。

突然の雨には床に敷いた三つ折りタープの間に潜り込めば完璧! 雨が降らなきゃラッキー。所詮、外で寝ているのであるからして、少し濡れてもど~ッてこと無い。それより満天の星空を眺めつつ気を失うことの方が、はるかに楽しく面白いのだから。


 モスキート・ネット 張ッちゃ いやァ〜〜ん

じょうだんじゃないゼ!まったく。人ん地に勝手に入って来やがって、テメーら何やってんだよ!デッカい火燃やしたり、臭ッせぇ~煙やガスまき散らしたり、コチとら迷惑してんだよッ。血の一滴や二滴、いいじゃね~カァ!所場代だよ、ショバダイ!


*詳しくは アウトドア雑誌 FIELDER フィールダー39号 の118〜119 ページを覗いてチョ!



2018年4月30日月曜日

AKANEKO vol.11 アレもやりたい、コレもやりたい!


AKANEKO
vol.11
外遊び。でも自然は甘くない!

 
 Don’t steal someone’s idea! © ITO Takashi & QQQ Design, 2018

「旅はその計画から始まっている」と人は言う。しかし自然は人間の想う通りにいかないのが世の常。最近友人が沖縄に遊びに来たが、着いた翌日から風邪をひき三日三晩高熱を出し寝込んでしまった。高熱のまま自宅へと戻り病院に診てもらったら、何とB型インフルエンザだった。
朝・昼・夜と穏やかな初日でも翌朝にはとんでもない大嵐となるのは良くあること。自然相手は、いかなる状況でも楽しむ心構えと装備が肝心、時には撤退もしくは計画中止もね。

2018年3月30日金曜日

AKANEKO vol.10 宅救便

AKANEKO
vol.10

アベ宅?〜サガワ救便?

 
 Don’t steal someone’s idea! © ITO Takashi & QQQ Design, 2018

 

「刑事訴追の恐れがあるため証言を控えさせていただきます」だと!

 ふざけんじゃねぇ〜よ! 

この 大嘘つきヤロ〜ども!!

 

 

 

桜 咲く


ソメイヨシノ 満開


 桜咲くこの季節 都内の公園や桜の名所もいいが 東京近郊の農家の畑中にポツンとある桜の木立が、まわりの新緑に映えて より美しい。 
 中央高速・府中から八王子をスルーして相模湖で下り、青根の集落から道志街道へと走り抜け一路・山中湖を目指す。  
 途中の道々にはソメイヨシノをはじめヤマザクラ、八重桜、しだれ桜、河津さくら、緋寒桜など、色とりどりの桜たちが、昔ながらの自然の田園風景の中、あたたかな光を浴び そよぐ春風と戯れている。


 湖畔で富士を眺めながらお昼を食べ、富士吉田から都留へと下り、秋山街道で多くの桜たちを愛でたあと、山奥の天然掛け流し温泉にて体を休め、相模湖を経由して高速にて府中へと戻る。



桜舞う、窓全開の春のドライブに いい季節。

仕事なんかしている場合じゃないよネ