2018年1月20日土曜日

時の流れ 義兄のこと

昨年 5月 義兄 65年の人生を逝去す。
 我18の時に、その人としての優しさに出会い、姉と、また兄と、共に兄弟として人生を過ごした。
 義兄は多くのことに器用な人ではなかったが、車の運転、吉田拓郎「祭りのあと」と酒、そして「馬」が、何よりも大好きだった。
 私がギターをつま弾くと、かならず「孝志くん、拓郎の「祭りのあと」を歌って」といって、リクエストするのだった。
 遺影を前に「祭りのあと」を弾き歌い、心で涙して捧げる。
 出会って47年、特にこの30年前後は、互いの子供たちの誕生を始め、父母の逝去など様々な人生が通り過ぎたが、今にして思えばあっという間だった様な気がする。

 見舞った5月27日、義兄に最新作の手ぬぐい「赤花」の下絵を見せた。
 下絵に向かって両手を合わせ「スゴイ、スゴイ、カッコイイ!」と義兄の声無き口元が呟いていた。
 「赤花」が最後の餞となり、その二日後・5月29日20時21分、65歳の若さで、永眠したのだった。


 義兄よ 安らかに、あなたの優しさを 生涯 忘れない。 
 感謝 



2017年12月29日金曜日

 野外でよく蚊取り線香を焚いたリ、ハッカ油スプレーならまだしも薬物系防虫スプレーを散布したり体に塗ったりと、蚊やアブ、ブヨ対策として悪戦苦闘している人をよく見かける。
 訳 解んねえぇ〜。
 野外は常に空気は流れ動き、蚊取り線香は風と共に去り、蚊に悪い薬物系スプレーは人体にだって悪いはず。それを体中に塗りたぐっている。

 どちらかというと我々人間が、彼ら虫たちの領域に割り込んでいるので「すみません・チョイとおじゃまします」ぐらいの謙虚な気持ちが有っていいと思うゼ。

 ゴジラが、自分の部屋に断わり無しに乱入してきて、デッカい焚き火を燃やし始め、放射能をまき散らし、ギャおオオォォぉ〜〜とがなり叫び始めたら、ビックリ!腰ぬかすでしょう。虫たちだって「かんべんしてぇェ〜」でしょう。

 蚊や虫たちかイヤなら部屋に閉じこもり、ポテトチップスでもカジリながら吉本のくだらないテレビでも観て、ヘラヘラ脳軟化症人生でも送るんだネ。

 オレなんか蚊に刺されても「彼らへの所場代」だと諦めているからね。手の甲に止まった蚊を、今度ガマンして ジィィ〜〜ッと観ててごらん。メチャ面白いから。

 まず、周りを様子見して安全を確認。口元の注射器をツンツンして皮膚細胞の隙間から毛細血管を探す。そしてケツを上げ、頭をググっと下げつつ注射器を毛細血管にさし込みチュ〜〜ッと血を吸い上げる。するとお尻のおなか部分がみるみるうちに赤味を増し膨らみ、お尻全体が赤くパンパンになったところで「ふんッ、じゃぁねぇェ〜」てなかんじで、風に乗ってどこかへ飛んでゆくんだから。無駄な動き一切無くけっこうイキでクールな奴だぜ。

 いいじゃないか、血の一滴ぐらい。所場代・しょ・ば・だい!




初雪







 9〜10年前、南信・駒ヶ根の冬のこと。

 大田切川に流れ込む小さな沢を、初雪積もる河原の冬景色を眺めつつ、休憩時の喉の乾き用にと、故郷・奄美から送られてきたタンカンをひとつコートのポケットに忍ばせ、河原に添って1時間ほど歩く。
 会社勤めの昼休み時に、弁当片手によく来ていた河原にたどり着いた。
 ヒヨドリのつがいや赤いほっぺのウソ、羽毛をまん丸く膨らませたシジュウガラなど多くの野鳥たちが、すっかり葉の落ちた冬の木立の梢の中を飛び交い、凛とした透き通る白い空気のなかにその鳴き声を響かせていた。
 その河原を30分ばかりスケッチした後、かじかんだ手でナイフ片手にタンカンを真横に切り、半分を小枝に刺し鳥たちに分けた。
 さらに上流へと散歩したあとの帰り道、刺したタンカンを覗いてみれば、ものの見事に中身がキレイに食べ尽くされている。
 うれしくなり、また30分かけて、その小枝をスケッチするのだった。


 おぉ〜寒ッ!  
けど、なぜだか こころは暖かった、初雪降る 駒ヶ根の想い出。













2017年12月12日火曜日

Imagine


Imagine


Imagine there's no Heaven
It's easy if you try
No Hell below us
Above us only sky
Imagine all the people
Living for today...

Imagine there's no countries
It isn't hard to do
Nothing to kill or die for
And no religion too
Imagine all the people
Living life in peace

You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will be as one

Imagine no possessions
I wonder if you can
No need for greed or hunger
A brotherhood of man
Imagine all the people
Sharing all the world

You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will live as one



想像して…



想像してごらん 天国なんて無いんだと
簡単でしょう?
地面の下に地獄なんて無いし
僕たちの上には ただ空があるだけ
想像してごらん
全ての人々が
今日という一日を 生きていることを...


想像してごらん 国なんて無いんだと
そんなに難しくないでしょう?
殺す理由も 殺される理由も無く
そして宗教さえ無いことを...
想像してごらん
世界中の人々が 
平和の中で今という時を 生きていることを...


僕のことを 夢想家だと言うかもしれない
でも そう想っているのは 僕一人じゃないはずだよ
いつかきみも そしてみんながそう想えば
きっと世界は
ひとつになるんだ


想像してごらん 何も所有しないってことを
きみなら 出来ると思うよ
欲張ったり 飢えることも無い
そして 人はみな兄弟だってことを...
想像してごらん 
この世界の全ての人々が
あらゆる物を 分かち合っている世界を...


僕のことを 夢想家だと言うかもしれない
でも そう想っているのは 僕一人じゃないはずだよ
いつかきみも そしてみんながそう想えば
きっと世界は
ひとつになるんだ






John
 君の「夢」そしてその想いを
忘れない


2017・12月9日am10:50〜日本時間
(12月8日pm10:50~NY 時間)



2017年11月13日月曜日

エッ!ここは どこ?

 
 突然のこと!
10月15日の夜、不覚にも救急車にて緊急入院してしまいました…。



 カミさんの目の前で突然気を失い、気がついたら白い壁に囲まれた部屋の中で、両手と上半身が何かでベットに固定され、鼻の中に透明の細いチューブが突っ込まれています。
見知らぬ女性が突然カーテンを開けて現れ「気がつきましたか!ご自身のお名前、わかりますか?」と聞いてきたので「?…イ…イトォゥ~タ・ カ・シです…?」と答えた。しばらくして、男性二人がやってきて、茶色い服を着た先頭の男が女性と同じ質問の後に「ここがどこかわかりますか?」と聞いてきたので「?…わかりません…」と告げた。
 茶色の服の後ろに立つ青い服の男が女性に何かを話しかけ、女性がベッドの右横にしゃがみ込み、 〝ジョボ ジョボ ジョボ …〟と音を立て、小さな容器に何かの液体を移し替えていた。
 その液体の音が頭の中で響く耳元で、その女性が「ここは、トォ~キョ~トリツ、タマ、ソ~ゴ~、イリョォ~、センタァァァ~~ァですよ、ちょっと長いですが覚えてくださいね。」と話しかけてきた。
 “ちょっとじゃないですヨ、それ、そォーとォ~長いですよ…”と感じつつ、覚えきれない私はその病院名を再度女性に聞き直した。(つづく・敬称略)



※フィルダーNo36号連載予定だった、SKETCH OF FIELD vol.18「島後(どうご)」は以上の状況、伊東孝志、人生初めての救急車による緊急入院により、次号フィルダーNo37号の掲載となりました。
フィルダー読者の皆様、また、笠倉出版社ご関係者の皆々様、遅載をどうぞお許しあれ。申し訳無き早漏!


偶然日本に居合わせたオーストラリア在住の
愛娘〜あかね〜の祈りと その愛の手に感謝


2017年9月18日月曜日

放浪のすすめ

 隠岐ノ島・ジオパーク〜島前(どうぜん)の圧倒的パワーの地殻変動体感カヤック旅を終え菱浦港からフェリー「くにが」にて、次ぎなる島後(どうご)の西郷港へと航った。
 視界3〜4kmの霧のなか約1時間の航路を、カヤックで漕ぎ航るときの参考下見ついでに海図と照合しながら、小さな島々や多くの入り江など沿岸を眺めていたらアッという間の1時間が過ぎ、西郷港へ着いたのは午後2時の小雨降るなかだった。
 次号の雑誌「フィールダー」連載にてこの島後・ロックンロールな旅を通して出会いたどり着いた、アパッチ・ジェロニモの魂と、レッドツェペリン的ロックな雑誌創りへの情熱の可能性を報告する。

 
放浪のすすめ 

真実は旅にあり 知ることの喜び



 ジェロニモ と レッドツェペリン
 そして 放浪の喜び





2017年9月3日日曜日

大地の咆哮


 今年の夏、一ヶ月シーカヤック漕いで野宿を繰り返した。隠岐ノ島〜島前・島後にては、とてつもない巨大な感動に出会った。
 島前の大海原を漕ぎ進み、岬を回り込むたびに覆い被さって来るような天地創造の壮大な600万年にもおよぶ地殻変動の残影、そして幾度となく繰り返された大噴火による七重八重に積み重なった圧倒的な堆積層の剥き出しになった地層断面。
 火砕流あとの白色凝灰岩の岩肌が光に反射して真っ白に輝く。噴火による火山灰がいったいどれだけ降り注いだら、そしてどれだけの時と地殻変動の圧力が加えられたらこれだけの堆積層が出来上がるのだろう。その永遠と重なる悠久の時を想うと胸奥が熱くなる。ポンペイ最後の日のヴェスヴィオス大噴火の数万倍の大地の咆哮が聞こえる。
 鉄分を含んだ火山性礫岩が酸素と反応して真っ赤になっている。まるで地球のハラワタがむき出しでうごめいた残像がドクドクドクと脳裏によみがえり近寄ると体のなかの全ての血液が熱く沸騰してくる。

 溶岩が冷えて固まる黒い玄武岩、噴火の火砕流が堆積した灰色の礫岩層。高濃度の鉄分が酸化し真っ赤に変色した赤色礫岩などなど、その層ひとつひとつの圧倒的な数百万年にもおよぶ時間の堆積を想うともう正気でいられない。大地・地殻変動の圧倒的エネルギーに埋没するには充分すぎる質量とその磁波を含めた巨大なパワーに囲まれたのだった。

ウオオッおおォ~ッ! ウオオッ〜〜!!