2018年11月6日火曜日

外事 ひとこと



かつて私が携わった雑誌について、ひとこと。
これはあくまでも私の個人的な意見、もしくは感想としてのこと、そしてまた、かつて出版界に携わってきた人間としての嘆きでもある。

その雑誌の表紙には、サルが寝そべり「ゴミ 捨てんなよ!」とほざいていた。
私は雑誌の中のエスケープ・ルートというコーナーに時々だが、イラストを連載寄稿していた。
ある日、送られてきたその雑誌のコラムページに、原発の俗にいう「死の灰」の処理方法を肯定する記事が載っていた。
〜原子力発電所から出た「死の灰」をガラス容器に詰め込み密閉して地下300メートル埋めれば安心ですね!〜
という、まるで幼稚園生を説得する様な言い訳じみた解説のついた、これまたテキトーで稚拙な図解がまことしやかに掲載されていた。
「これって、このエコロジー雑誌が「死の灰」を肯定するのは、オカシィんじゃないの。……だって「死の灰」に含まれる放射能が半減するまでに200万年かかるんだよ……、その間、だれが管理するの?200万年の間に地殻変動で、300メートルなんてアッという間に地表に出てくるゼ!」
と、当時、副編集長だったエスケープ・ルート担当者に、怒りを込め自分の想いを投げかけた。
すると彼は「イトーさん、出版は『金』がないとできないんですよッ!」と。
「?……。だったら表紙のサルの看板、外しなよ!『ゴミ 捨てんなよ!』と言ってるじゃないか。エコロジー雑誌なんて名前付けんじゃねぇヨ。」と言葉は暴力的だが、冷静に想いを伝えたのだった。

そのやりとりがあってか、それっきり連載コーナー・イラストの依頼は、翌月からピタッと来なくなってしまった。いいんだけどね、外にやる事あるし。

しばらくして、東北大震災が起き、例の福島原発人災により爆発!した。
言っとくが、この原発事故は天災ではなく人災である。「想定外による〜」と関係者が7年経った今でもヌケヌケとほざいているが、この事故はれっきとした人災なのだ。
その原発の危険性を、20数年前に発刊された雑誌デイズ・ジャパン・原発特集記事や、広瀬隆(ひろせたかし)氏の著作本(そのすべてがまるで原発事故に対する予言書)の数々、そして京都大学原子炉実験所・元助教 小出裕章(こいでひろあき)氏などが40前からその危険性を警告し続けていたのだった。

で、福島原発事故後に宝島社から発行された原発に関わる関連会社の特集別冊を読み解いてわかった。
東京電力と電通、そしてサルが寝そべり「ゴミ 捨てんなよ!」とほざいていた雑誌を発行している出版社は、東京電力すぐ横にあるTEPCO(テプコ)ビルに在籍する同じグループで、各メディアの仕事をそれぞれ分担しているという事をね。

原発事故後、そのことが巷にばれてか、その雑誌の表紙のサルはどこかに雲隠れし「ゴミ 捨てんなよ!」の看板コピーライトは消されていた。

しかし東京電力と電通、その雑誌メディアとしての関係性はサルを隠したところで本質は変わらないだろう。
おお〜い みんな、ダマされんじゃ ね〜よ!

原発 反対! 福島返せ!!



「地球にいいモノ、いいこと・スローライフ・スローフード・LOHAS・ ロハス・ライフスタイル……」等など、
雲隠れしたサルに、ダマされんじゃねぇ〜よ!


原発 絶対反対! 福島返せ!!

と、メディアは 声を大にして叫ぶべきだ。〜と 想うゼ!


原発 絶対反対! 福島返せ!!
叫べ
原発 絶対反対 を

 




2018年11月3日土曜日

薪ストーブ・ライフ ファイヤーサイド2019年カレンダー

ファイヤーサイドにて販売開始!

 

 2006年の夏から2009年の秋9月までの3年間、信州・駒ヶ根の「薪ストーブ」バーモント・キャスティングス日本総代理店ファイヤーサイドにて広告および商品開発のアート・ディレクターとして、薪ストーブ&関連商品・販売促進に参加させていただいた。
 参加する以前は薪ストーブ設置例の写真中心のカレンダーだったが、イラスト・レーターでもある私の提案で、薪ストーブおよび関連商品の販売促進につなげるべく、もっと夢のある薪ストーブ・ライフの世界をイラストレーションで表現しすることになった。
 ファイヤーサイド社長のポールさん宅の敷地内にある大きな蔵に間借りし、薪ストーブ「アンコール」ひとつでマイナス15度前後にもなる駒ヶ根の冬を3年過ごした。
 出勤前の朝は薪割りに始まり、同時に薪ストーブで飯を炊き、卵焼きとシャケを焼いて弁当を作る日々を送った。暮れなずむ夕暮れ時は半額シールの張られた握り寿司弁当をスーパーで買い込み、蔵に戻ってストーブに薪を焼べ足し、湯を沸かしてお茶を淹れ、弁当を喰らうという薪ストーブ・ライフをそれなりに楽しんでいた。
 そんな薪ストーブ・ライフを想い出しながら、1月から4月、そして7〜8月の3枚を描き上げた。残りの3枚は……カレンダーはカレンダー、カタログはカタログ、それぞれの役目と機能は違うのでは?……との疑問を投げかけたのだが、今回は、ポールさんや新しいスタッフの希望をふまえ、新商品のカタログ的に描き上げたのだった。

 今回のカレンダーに携わってみて、日本における薪ストーブ業界のあらゆるシーンが、10年前とはかなり変化している気がした。が、しかし、薪を割り、乾燥させ、薪ストーブで燃やし、寒い冬を暖かく過ごすという、シンプルな薪ストーブ・ライフは何一つ変わらないと想うのだが……
 いずれにしろ、薪ストーブと共に日々を暮らす多くのユーザーが、一年を通して幸せに日々を過ごせる事を願いつつ描き上げた、2019年度のファイヤーサイド・カレンダーだった。

ファイヤーサイド・ホームページ
https://www.firesidestove.com
 


 楽しかった薪ストーブの暮らしから遠く離れた今現在は、真冬でも平均気温15度前後の南国・沖縄&奄美で、シー・カヤック漕いで無人島に渡り2〜3日ウィルダネス・キャンプを楽しみ、琉球古来の木造船「サバニ」を造船しつつ、少数精鋭クルー3人のサバニ・チーム「風」を立ち上げ、2〜3年後は季節の南風を帆に受け沖縄を漕ぎ出て奄美へと航り、そのあとは遥か若狭の海を目指し、若狭の風をつかまえ琵琶湖の水面をサバ二で滑走する夢に向かって、日々「注染・手ぬぐい」作りと「奄美24景〜36景」のドローイング制作に励んでいる。



薪ストーブ・ライフ 手ぬぐい 2


ファイヤーサイドにて販売開始!
その2~「薪ストーブ」〜 寒山一景

 

 

 遡ること25年前の1993年ごろ、モノ・マガジンの別冊・サバイバル・マガジンの取材で初めて長野県川上村に住む作家・田渕義雄(タブチヨシオ)氏を訪ねた。氏の山小屋風の居間には、初めて見る真っ赤な「薪ストーブ」バーモント・キャスティングス社製のデファイアント・アンコールが、赤々と燃えていた。
 田渕氏はデファイアント・アンコールを日本で初めて個人で輸入し、真冬にはマイナス20度にも冷え込む日本一標高の高い川上村・寒山にて、就筆の傍ら、ひとり孤高にシェカーデザイン家具の「椅子と机」を独学で造り続けていたのだ。
 その出会いから2年後の1995年、我々は雑誌アウトドア・イクィップメントを創刊し、コマーシャリズムに乗らない、広告に頼らないアウトドア情報誌を世に送り出し、真のアウトドア・ライフの世界を紹介・提案したのだった。
 刷り上がりホヤホヤのアウトドア・イクィップメント創刊号を手に持ち、田渕氏の自宅を再訪した際、氏自宅前の小さな坂道を車で駆け上がったところで200m向こう、ミズナラ林の中にひっそりと佇む田渕氏宅の赤い屋根が見えてきた。そこに立つ黒い煙突から流れ出るうす青い狼煙(のろし)を目にしたとき「いまここに真の自由の入り口に、自分はやっとたどり着いたのだ!」という感情が込み上がってきて、自然と涙が流れ出た。
 そのあといくつかの時を田渕氏と過ごし、多くのことを学ばせていただいた。
 氏との出会いによって、私なりに確信したことがある。
〜河辺の「焚き火」向こう岸に「薪ストーブ」が燃えている。その間に流れる深き河は、自由な精神をこころに持ちつつ、己自身の力で泳ぎ、または漕ぎ進むのだ。〜 と、いうことを。

初めて見たデファイアント・アンコールの赤々と燃える炎を想いつつ、寒山の一景を手ぬぐいとして、染め描き残したのだ。



ファイヤーサイド・ホームページ
https://www.firesidestove.com

2018年11月2日金曜日

薪ストーブ・ライフ 手ぬぐい

ファイヤーサイドにて販売開始!
その1〜「薪割り」


 ガスと中部電力を止め、薪ストーブ「アンコール」ひとつで、深夜はマイナス15度にもなる冬の駒ヶ根を3年過ごし薪ストーブ・ライフが何足るかの多くを学んだ。
 10月末に熾したストーブの火を翌年の4月末までの半年間、一度も消すこと無く燃やし続けるのだった。
 朝は、寝起きすぐにストーブに薪を焼べ足し、マイナス10度前後の外に出て、30分かけ玉切りされたミズナラやクヌギ4~5個を手斧(グレンスフォシュ薪割り斧no.442)でカチ割る日々。玉切り2〜3個を割りすすむと体が熱くなり、フィールド・コートを脱ぎ、長袖のシャツ、そして5個目を割る頃にはTシャツ一枚になっていた。
 薪を割り終え、焼べ足された薪ストーブで暖かくなった室内へともどり、大きめの手桶にストーブ・トップのケトルから熱湯を注ぎ水を足し、熱めのお湯と手ぬぐいで体の汗を拭きとる。
 そんな楽しい雪国・駒ヶ根の冬の薪ストーブ・ライフを想い浮かべながら、秋の薪割りシーンの一景を、2色の手ぬぐいに染め込んだ。




*ファイヤーサイド・ホームページ
https://www.firesidestove.com



2018年10月27日土曜日

ジョン・レノンのこと

高校1年の冬、深夜のラジオ~オールナイト・ニッポンから、
鐘の音に続く、なつかしいジョンの叫び声「マザー」が聞こえてきた……
そんな青春まっただなかに「自由に生きる」学びを、
彼の歌に見つけた!
 1970年の冬、深夜に友人の家に集まった我々は、ポータブル・ラジオから聞こえてくるオールナイト・ニッポンの深夜放送に耳を向けていた。その年4月のポール・マッカトニーの突然抜け駆けによるビートルズ解散から久しく、しばらくぶりにジョン・レノンの新しい曲「マザー」を叫ぶなつかしいジョンの歌声が冒頭の鐘の音と共に聞こえてきた。血を吐くような叫び声に我々は夢中になリ息をひそめて聞き入った。
 高校2年のとき「ジョンの魂」と「イマジン」という2つのLPソロ・アルバムに人生の「宝物」を見つけた。その宝箱の中には真実の「愛」と「平和」に関する多くの誰もが理解できるわかりやすい言葉が、シンプルなメロディとリズムで満たされていたのだった。言葉ひとつひとつの全てを噛みしめるように何度も聞き直し、いくつかの気に入った曲をギターをつま弾きながら、ジョンと一緒に歌い続ける日々を送っていた。
 「マザー」の叫びと「イマジン」のメッセージに 心奪われた高校時代

 人生でいちばん多感な高校時代、ジョンのソロ・アルバム傑作2枚「ジョンの魂」と「イマジン」に出会った事で、私の人生は決まった感じがする。いまにして思えば、ビートルズ時代に創り上げてきた全ての曲の「投げかけ」は、この2枚のソロ・アルバムに表現されているメッセージが「答え」として完結したのだったと感じている。自分自身を見つめ直し「孤独・愛・真実・夢・平和、そして、自由に生きること」の答えと問いかけを、ジョンの「叫びと、ささやき」が教えてくれた。
ロックン・ロールあふれ出るソロ・カバー・アルバム、
カバー曲「Stand By Me」はオリジナルを越えていた
 前作「心の壁、愛の橋~Walls and Bridges~」から、ひさびさのアルバム1975年発売の「ロックン・ロール~Rock’n Roll~」は全てカバー曲の構成だが、どれもがジョン・レノンのオリジナル曲か?と勘違いしてしまうほどの完成度で表現されている。ジョンの大好きな原点回帰的ロックンロールが爆発する「スタンド・バイ・ミー」のYouTubeのメイキング・スタジオ録音映像は、涙が出るほどカッコ良く、そして素晴らしい!






2018年10月25日木曜日

Coo(クゥ) 永眠す

Coo お昼寝〜2017

 伊東家では、いつの時代も家族の中に猫がいます。16年前東京・稲城の我が家にやって来たヨソん家のメス猫が、4匹の子猫を産みました。2匹は知人に里親として引き取ってもらい、残りの2匹 Ichi(イチ) と Coo(クゥ) は、我が家にて家族同然として共に16年の時を過ごしてきました。
そんなおり、いちばん末っ子のCooがこの一ヶ月前から急に調子が悪くなり、今月・巨大台風24号通過あとの 10月12日am2:04分、とうとう16歳で急逝しました。
 猫の16歳といえば人間にたとえるなら80歳ぐらいの年齢だということでした。 80歳?とはいえ、しょせん猫は猫、いつまでたってもその愛くるしさは産まれた時と変わらず、その仕草・行動は 16年間 同じ様な安らぎと愛嬌を、私たち家族に与えてくれる存在でした。




Coo 永眠 おやすみ ~2018 

 台風25号が過ぎ去り、海も穏やかになった10月19日、私たちは沖縄からフェリーで故郷・奄美大島へと航リ、実家の庭先に眠れるCooの体を埋葬したのでした。

Coo 面影~2018

 亡き母「幸子」は、9年後の洗骨・改葬〜(土葬にして13年間寝かせたあと、家族で掘り起こして浜辺の海水で洗骨し、砂浜にて家族で薪を積みあげ荼毘(だび)に付す、昔ながらの奄美の埋葬法)〜による再会に向けて、いまも故郷・奄美の屋形(やぎょう)の下、土の中にて眠り続けております。


母 眠る~重量500kgのサバニが空飛ぶ
台風24号・風速63mの暴風にも耐えた
母の築4年目の屋形。よく見ると風上・
海側の屋根板一枚が飛ばされていた。
〜2018

 9年後、母の改葬のおりには、Cooも一緒のタイミングで掘り起こし、そのかわいい体に触れる再会を 楽しみにしています。
 それまで 元気?でね  おやすみ Cooちゃん!


*とり残されたIchiは、突然いなくなった
Cooを探してときどき各部屋の隅々を
うろつき、ひとり寂しげな声で
ないています。~2018 



胸 が 痛みます




2018年10月7日日曜日

台風24号 おッ おォぉ〜!

 

なっ… なんてこッタァ〜!!

サ サバニがァ〜!……

 


ち チーム「風」のサバニが台風24号の風にのり
壁を越え 塀の向こうに 飛びました。
長さ7m  船台とサバニ船体の総重量あわせてなんと 500kg
台風24号 おそるべし
ビックリです!



チーム「風」のサバニだけに 風にのり 
カッ飛び ます!

来年は ブッ飛ぶぜェ〜〜!!

アキラ! シンペイ!
よろしく