2019年5月2日木曜日

自衛隊に奪われた 無人島・満天の星空、聞け 血の叫び!

2012年、数人のフェザー仲間と1週間かけて奄美の加計呂麻(カケロマ)一周を兼ねた無人島を廻るカヤック旅をした。
ヤドリ浜を出発した初日は芝(シバ)集落・手前の小さな砂浜にてビーチサイド・キャンプ。
翌2日目は実久(サネク)集落・裏の大島海峡・東シナ海側出口に位置する無人島・江仁屋離(エニヤバナレ)に上陸してキヤンプを張った。流木一本を砂浜に突き刺し細びきでテンションをかけ、モスキート・ネットを吊るしただけのシンプルな野営。
コットンシーツの下には雨用に折畳んだタープをセット。突然の雨にはタープの間に潜り込みタープを被るだけ。ラッキーにも雨に打たれる事無く、星降る夜空に心うたれた。


その当時、江仁屋離は自己責任で自由に上陸可能だったが、4〜5年前の2014年から奄美版・青の洞窟〜カヤック・ツアーガイドたちとの度重なるトラブルがきっかけで、実久集落の区長による許可が必要となった。また2017年あたりからは自衛隊の離島奪還演習訓練地(島)に使われている。2019年の今現在では一般的に上陸においては
実久集落の区長による許可が必要となっているらしい。
ン?…ということは、もしかして区長の許可は自衛隊・島独占利用のための裏工作・口裏合わせ?…だとしたら、自衛隊、防衛省、安倍ネオコン党!からの圧力?
〜星空返せ、このヤロー!……
心ある奄美の人々よ、亡国ネオコン党からの無人島・星空奪還作戦を叫ぼうじゃないか! 

また、すぐ近くにある本島側・西古見(にしこみ)集落の三瀬海岸近辺に、巨大な観光客船が停泊できる港を建設する計画が、瀬戸内町村民への丁寧な説明無しにコソコソと進んでいるらしい。何とその西古見集落は地元の現・国会議員の出身地だという!
何とキナ臭い話だろうか……
もともと巨大観光客船停泊港建設・同計画は、2016年奄美本島北部の芦徳(あしとく)・倉崎海岸に計られていたが、多くの住民の反対によりボイコットされたもの。つまり観光客船停泊港とはただの名目で、県や国が何としても建設にこだわる事を思えば、ゆくゆくは建設予定近くに、住民たちへの説明および許可なしでいつのまにか配備・建設された自衛隊基地への、軍需物資大型輸送船や海上自衛隊艦船、または大型空母などの補給着岸・待機停泊が本当の目的であろう事は、ちょっと頭のよい小学生でも察する事ができる。
なぜなら、西古見集落の住民はIターン者を含めたった総勢34〜35名の小さな集落。なぜそんな人気の少ない限界集落に大型クルーズ船を停泊させなければならないのか?…だとしたら、後ろで糸ひく亡国・防衛省と国交省、そしてボスザル安倍ネオコン党のミエミエの悪行が透けて見えてくる。
江仁屋離の清らかな星空の輝きは そんな暗闇をも クッキリと浮かびあがらせてくれる。

*参考*

WWFジャパンからの 鹿児島県瀬戸内町西古見集落での大型クルーズ客船の寄港地開発に対する緊急声明
https://www.wwf.or.jp/activities/statement/3875.html 

*奄美 西古見 クルーズ船問題 サイト
https://search.yahoo.co.jp/search;_ylt=A2RCyAwgx9BcrnIAIBGJBtF7?p=奄美%E3%80%80西古見%E3%80%80クルーズ船問題&fr=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=-1&oq=奄美+西古見+クルーズ船問題&at=&aa=&ai=QqxxkV7DTlea0g3FVnFJHA&ts=41433


心ある奄美の人々よ、 
亡国・安倍ネオコン党から、大切な自然豊かな我らが美しき奄美島と、子供たちの未来を守るために、声をあげ叫ぼうじゃないか!
戦争するための 自衛隊ミサイル基地・および防衛という名の戦争するための関連施設は、たとえ国策であろうが、奄美・沖縄をはじめ南西諸島の島々には絶対いらない!と。
国よ、オレたちはお前たちが想うほど バカじゃないゼ!
有事の際、最初に犠牲になるのは基地のある島や街、一般の人々だゼ!自衛隊が我々島民を守ってくれるなんてウソ八百!先の大戦・沖縄戦での体験者の声、日本の軍人たちに多くの島民が殺されたことを想い出せ!いざ戦いになれば誰もが自分の命が大切に思うのは当たり前の事、自・衛・隊だぜ、読んで字のごとし自分を守ることの団隊ってこと、日本軍=自衛隊ってこと! だまされるな、亡国の人殺し集団に。
加川良さんのメッセージ「教訓1」を想い出せ、その教訓を!

 見よ このおろかな机上の空論、信じがたい現・防衛省による「新たな防衛大綱」を~  

https://www.youtube.com/watch?v=vJhjHqPTTaQ

 つまり、沖縄および奄美の島々〜南西諸島の島々は亡国・日本の捨て石ってことだぜ! くり返すな、前の大戦・太平洋戦争の沖縄戦の悲劇を!その血の叫びを。
 聞け 同胞・琉球の声を~2014年度・伊江島「わびあいの里学習会」における抗議決議文と、最後に読み上げた平和宣言、一読されたし。
 抗議決議文~ http://twitpic.com/dxea4a
 平和アピール〜 http://twitpic.com/dxea8d



聞け 戦争への路に抗う 反戦の声を

小西 誠 の勇気あるレポートを!
https://blog.goo.ne.jp/shakai0427
目覚めよ 奄美の人よ 故郷の同朋よ

平和の最大の敵は 無関心 である

戦争の最大の友も 無関心 である

くり返すな 歴史の過ちを。

命ど宝 (ヌチドゥタカラ)!


参考*道草楽描〜過去のブログ
http://michikusa-rakugaki.blogspot.com/2014/08/blog-post.html
http://michikusa-rakugaki.blogspot.com/2014/04/blog-post.html





2019年4月30日火曜日

シーカヤック旅・充足の日々




 満潮から1時間過ぎたころ薩川湾の入り口・デリキョンマ岬の赤岩にたどり着く。赤岩(ハァ石) は朝露に濡れ、白浜に赤く輝きその存在を際立たせていた。
 外洋近くの海辺は大潮の満干の高低差が2mを超える。また台風の大波による砂の堆積移動は、訪れるたびに浜の姿を変えていた。
 波打ち際に流木を2本立て潮の動向・高低を確かめる。
 赤岩裏に3mほどの琉球松の流木が漂着していた。砂浜に映える赤岩の鮮やかさと松の根元に残された生命力の力強さにこころ動かされ、我を忘れて筆が走り2時間ばかり時が止まった。


 昼食とスケッチを2枚描き、上陸から4時間後の干潮から満潮に変わるタイミングで、デリキョンマ岬から次なる浜へと漕ぎ出す。


 野宿において「焚き火」と「暖かい飲み物」は必要不可欠。
 雨が降ろうが風が吹こうが「焚き火」さえあればいかなる場所も充足のパラダイス・ホテルに。赤い熾き火に自分を見つめ、家族や友との過ぎ去りし日々、そして今日を想う。熾き火が燃え尽き、明日への希望を胸に寝床へと移るころ、天空にオリオンとシリウスが光り輝く。
 ながく南の島をシーカヤックで旅・充足の日々を続けていると、月の形で潮の満干の時間と潮位の高さ、太陽の角度でだいたいの時間が判断できるようになってくる。 
 潮の満ち引きも含め、夜空に輝く星座を6時間ほどながめ続けると、[地球の自転]4分の1を体感している事に気がつく。 

真実は旅にあり 知ることの よろこび




2019年4月27日土曜日

無人島・焚き火床の創意工夫


 無人島タープ・キャンプに欠かせない「焚き火」はその旅人の数と、焚き火奉行・担当者によって常に変化する。
 総勢8人でサバニに乗り無人島へ航ったとき、焚き火用に集めた流木から数本を選び機能的焚き火台をわずか3分で砂浜に組み上げた。
 使い勝手はどうだろう?って…、メチャ すげぇ〜いいに 決まってるだろう!

 イモは濡れた新聞紙で包みアルミホイルを巻いて、焚き火の火床下の砂地に埋め蒸し焼きに。トマトソースをベースにソーセージ&ひき肉とタマネギみじん切りでソースを煮込みつつ、海水を加えたお湯でパスタを茹で上げる。
 食後の洗い物や温かい飲み物用に、焚き火横で大量の湯を沸かしながら、イモが煮えたら焚き火の上に置いて水分を飛ばし焼き芋状態にして、ホクホク・スイートポテトのデザートの完成をみんなで焚き火を囲みながらちょくちょく味見しながら待つ。

 楽しいにきまってるだろう、真っ白い砂浜で、ワイワイがやがや・ミートソース&粗挽きソーセージ・パスタ、食後のスイートポテトにコーヒー&ラム酒入りミルクティーを、沈む真っ赤な夕陽の景色を眺めながらの夕食ディナーの楽しさ…だぜ。
 想い出すだけでウキウキしてくるぜ、まったく!
 えっなに、白い砂浜での直火に何か問題でも? ん、スプーン一杯の土には200万のバクテリアが…、オメェー顕微鏡で見たことアんのかヨ200万のバクテリアを!焚き火台使っていい子ぶってんじゃね〜よ。まったく、焚き火台使用は悪い事ではないが、焚き火跡の後始末ぐらい当たり前だろう!
 それよりも、台風の神様が一発来たら、無人島の砂浜の1〜2mの深さなんか荒波のパワーでアッという間にひっくり返されるのだから。〜と、どこかの無人島・放浪者が、焚き火台よいこの会信奉者たちの個人的価値観をこれ見よがしに他者にみせつけるエセ善行為に怒りまくっていた。〜ことを想い出した。
 想像(創造)力 と 遊びごころ そして自然に対する己の責任感だよ、大切な事は。



自転車 ワンナイト・キャンプ



 スマホのピンポイント天気予測と雨雲レーダー&ウインディーを駆使して天候情報を読み取り2~3日好天が重なる初日、意気揚々とお昼の少し前に、我が家を仕事そっちのけで極楽野営地20数km先の浜比嘉島の浜辺目指しビアンキ君と脱走を決行したのだった。
 キャンプ道具の総重量7.8kgを背中に担いだ小学57年生小僧は、10km過ぎたあたりからその重さがケツとサドルの衝撃に違和感を感じ始めていた。途中の海中道路18kmを過ぎたあたりで出発前夜のトレッキング用超軽量リュックを、長年使い慣れ親しんでいたキャンバス地の800gリュックにキャンプ道具を詰め替えたことを少し後悔していた。
 途中、休憩がてら食堂で30分ばかり昼飯を食べ、浜辺に着いたときには午後2時を少し過ぎていた。日没6時までの4時間でキャンプの準備に取りかかる。設営あと、自転車で近くの公園に水汲みに出かけ、ついでに天プラ屋で早めの夕飯を食べる。キャンプ地に戻ると南風はおさまり、正面の東の空は濃い紫色になって夜の帳が落ち始めていた。
 暗くなる前にケトルに水を汲み入れカマドに火を熾し夜の闇に備える。しばらくして背後の西の空一面が真っ赤な茜色に染まった。        
 何はともあれキャンプ道具を担ぎ1時間半で20kmを走破し極楽・キャンプの浜辺に着いたときにはケツの痛みも忘れ、そのあと1時間弱でのタープ&寝床と焚き火床設営完了という結果は、身近にできる外遊び・ワンナイト焚き火キャンプの新たな発見につながったのだった。





2019年4月17日水曜日

タープ・キャンプ〜その1


シーカヤックで無人島へ、シンプルなタープ・キャンプこそ快適

 ソフトハウス的フレームテントもいいが太陽照りつける日陰のない南の島の浜辺では、テント組み立て終了時一瞬にして熱帯サウナ・ルームと化してしまう。
 タープを張る時は風の向きを頭に入れ、ベースの張り綱を支柱となる流木やポールなどで仮止めする。4角をペグ・ダウンしてパラダイス・ホテルの基本的設営はとりあえず準備完了。後は雨風・太陽の直射日光に対して風が通るように角やセンターを流木で支え上げ、細引きを結んでテンションをかけしっかりと固定する。
 雨風が強いときには低めに、陽射しが強い場合は風通しをよくするためタープ本体を高めに設営するといい。また雨風は吹き込む方向が絶えず変化し、陽射しは太陽の角度で日陰部分が移動するので、そのつどタープの上げ下げが必要になる。そのため張り綱の支柱の固定以外は常に変化に対応できるようクイックリィーに仮止めにすると便利だ。
 上図のように流木なければパドルを使い、日陰を確保し風を通して快適なタープを…。あまり勧めたくはないが流木なければ仕方がない。なぜならパドルはカヤックの大切なエンジンの一部だから。予備パドルがあったとしてもそれは航海中のパドル・トラブルのための物。カッコつけてる場合じゃないのだヨ、海は。
 ゴトクやケトル・鍋が無くてもホーロー・カップひとつあれば…
 オフロード・バイクで関東近辺の林道や海辺を走り回っていたころ、砂浜や河原の砂地でよく焚き火を楽しんだ。その時代はツーリングが目的で、キャンプ道具はジッポーのライターにホーローカップ、マグライトにアーミーナイフとレザーマン。それでも知恵と工夫でイモを砂に埋めて蒸し焼き、湯を沸かしてお茶を淹れていた。


 限られた材料と手持ちの道具で、シンプルでかつ機能的な快適空間を組み上げるには、それなりの知恵と発想、そして「遊び心」が必要となる。
 タープ・キャンプはそこが面白い。




2019年3月16日土曜日

シーカヤック ・ひとり旅〜その2

 幾人かの仲間たちとシーカヤックで海旅を重ね、漕舟技術を身につけ40余kmのレースで自己の漕波力を確かめる。潮の満ち干きを覚え、海風の中を漕ぎ航り、潮の流れを理解する。 
 その積み重ねた経験をもとに、ある日、満を持して大海原へとたったひとりで漕ぎ出した。
 シーカヤックを漕ぎ始めた1996年の夏、大島海峡・赤い岩の岬・デリキョンマから、東シナ海側の出口近くにある「実久」集落の7km区間は、低気圧接近の影響で、途中の「芝」集落の左側の岬・飛び岩を過ぎたあたりから、外洋の波高4〜5mの巨大なウネリが入り込んでいた。
 横なぐりの雨風吹き荒れるなか、外洋の大波と孤独との戦いは2時間半にもおよんだ。

 雨に打たれ、風に吹かれて潮に流され、日没1時間前にやっとの思いで「実久」集落の砂浜へとたどり着く。

 明けて翌日、昨日の外洋のウネリが嘘のようにおさまった夕刻4時過ぎに1km先の無人島へと漕ぎ出した。満潮のタイミングで無人島の西に面した入り江に入り、5時半に三日月状の砂浜に上陸。
 カヤックを引き上げ、タープを張り寝床と火床を1時間かけて設営する。水平線彼方に沈みゆく夕陽をながめ、西の空一面に広がる刻一刻と変化する大パノラマに感動する。その後におとずれる夜の帳の静けさと暗闇の深さ、そして満天の星々の輝き。
 タープ下、赤々と燃えゆく熾き火、その温もりを浜にそよぐ潮風を通して体に受けつつ、前日のフル・パドリングの疲労と左岸磯場に砕ける波音を夢枕に、いつしか深い眠りに落ちていた。

 シーカヤック・ひとり旅は、そんな充足の日々へと私を誘ってくれるのだった。
 

 真実は旅にあり 知ることの喜び






2019年3月1日金曜日

Colors 美しき世界

オーストラリア在住の娘からメッセージ


 昨年の夏、オーストラリアに住む娘から、ヨーロッパ旅の土産・水彩絵の具パレット・セットが送られてきた。
  フランスの小さなギフト・ショップで、製造販売のすべてを家族で経営しているらしい。その絵の具パレットは薄いスチール製で黒と白の塗装が施され、パッケージの麻布の生地も含め、いかにも手作りの感じがして微笑ましく、なんでも絵の具顔料自体も蜜蝋と自然素材の色彩顔料だという。
 そのためか色の濃度は淡く、水で溶いてもパステル調に似て、ささやかな色合いが特徴。
 水彩筆の場合、いつもはウインザー・ニュートンの水彩絵の具「フィールド・ボックス」を使っているので、この自然素材の顔料を使いこなすのは、なかなか難しい。しかしながら、あ娘からの問いかけ」とすれば、せっかくだから折りに付け、色々とチャレンジしてみようと想う。
 そんな娘から、最近あるYouTube映像がメールで届いた。
 それは。色盲や色弱のハンディ(この表現が適しているとは思えないが…)を持つ人たちが、はじめてその個性を補正できるメガネ〜EnChroma〜エンクロマをかけた時の喜びの瞬間を、記録した映像だった。



 その個性を持つ多くの人たちが、補正メガネをかけて初めて見る色彩への感動、そしてその喜びに動画を見ている私も、ある人を想い、つい涙がこぼれた。 
 そして、今、私たちが生きるに当たり前と思っている、あらゆる色・千光溢れるこの世界に、改めて感動を新たにする。
 と同時に、あの サッチモ、ルイ・アームストロング歌うワンダフル・ワールド「この素晴らしき世界」のあの声が、耳の奥深くに流れ、涙した。

 なんて 美しく 素晴らしい世界 なんだろう  

すべてが 違って 美しい


*EnChroma glasses 始めての補正グラス 画像



 *色盲色弱・色覚を補正するサングラス“EnChroma”

 What a Wonderful World
I see trees of green, red roses too
I see them bloom for me and you
And I think to myself, what a wonderful world
I see skies of blue and clouds of white
The bright blessed day, the dark sacred night
And I think to myself, what a wonderful world
The colors of the rainbow, so pretty in the sky
Are also on the faces of people going by
I see friends shaking hands, saying how do you do
They're really saying, I love you
I hear babies cry, I watch them grow
They'll learn much more than I'll ever know
And I think to myself, what a wonderful world
Yes, I think to myself, what a wonderful world

緑の木々が見える
赤いバラも
君と僕のために咲いているんだ
なんて素晴らしい世界なんだろう
真っ青な空や白い雲が見える
輝かしい祝福の昼
そして暗く神聖な夜
心から思うよ
なんて素晴らしい世界なんだろう


*What A Wonderful World  ルイ・アームストロング


秀樹兄さん と マチャ坊に 奄美より 愛を込めて