渓流ビバーク
風吹くなかの沢音 そして 鹿の啼き声
中伊豆の山奥・冷川渓流の沢沿いで、一晩ビバーク・キャンプを楽しんだ。
友が渓流釣りに専念して、私は1時間ばかりでタープを中心としたベース・キャンプを設営する。
釣りのプロと、タープ・キャンプのプロとのコラボレーションである。
ツリキチ・ノボルが沢を遡上し3~4時間渓流釣りに勤(いそ)しんでいる頃、カメキチ・タカシは薪を拾い、風と沢水の流れを読み取り場所を決めタープを張り、沢石で火床を組み、ケトルにお湯を沸かしながら、とりあえずの避難小屋として、小さなテントを組み立てる。
1~2時間、ベース・キャンプを設営しながら常に風の動きを観察する。川上から吹き下ろしていた風がしばらくしてタープ左からの横風と変った。空の低い雲はタープに対して右から左に流れている。蛇行する沢の風は、尾根に吹く風の強さによって右左と常に渦巻く様に舞っているのだ。ときおり下流の方からも吹き上げては来るが、その風力は弱く時間もほんの4~5分ばかり。
タープやテントを張るとき、まず枯れ葉が溜まっているところ、もしくは細かい砂が堆積しているところをベースにする。そこは風や沢水が舞う事はあっても、吹き抜ける強い風や、石ころを押し流す様な強い流れが少ない、比較的安定した場所である事を、枯れ葉と砂が教えてくれているのだ。
舞う風を考慮して、タープの左右を地面まで下ろし遮蔽(しゃへい)して、A型テントの形に組み変え、火床横のセンターの支え棒を取り外し、天井を低くする機能を組み込んだ。川上から吹き下りてくる風は、火の粉に強い60/40素材の火床用風防を兼ねた小さなタープで、メインタープの上部へと逃がすのである。
ベース・キャンプ設営が終わり、しばらくして沢沿いを散策する。幾つかの沢の流れ口や、自然の河川の美しい苔むす石庭に心奪われる。静かなプール(水たまり)の枯れ葉や小枝の溜まり場下には、川魚の稚魚たち30〜40匹が群れをなし生きづいていた。
クロッキー・ノートにペンを走らせ、その感動をスケッチで切り取る。沢色を筆で落とし始めたころ、川上から冷たい風が吹いて来た。
いつのまにか陽が尾根向こうに沈み、沢全体が一気に冷えて来たのだ。
突然、後ろの方で鹿が啼(な)いた。振り返ると、4~5匹の白いお尻があわてて沢の土手を駆け上がってゆく。
風がおさまった夕刻4時すぎ、ツリキチ・ノボルが忍者の様に音もなく、ベース・キャンプへと戻って来た。とりあえず暖かい飲みモノをいれ、焚き火に当たりながら身体を温める。
桜咲く3月とはいえ、川水は10℃とまだ冷たく、夜は吐く息さえも白くなる3月上旬の中伊豆・山奥の渓流である。なによりも焚き火の温もりがありがたい。
小さな焚き火を前に簡単な食事をとり、いくつかの暖かな飲み物を酌み交わし、今日の出来事、そしてささやかな喜びを笑いあい、明日の予定を話しあう。
夜9時頃、真っ暗な谷間から空を見上げれば、南の天空にオリオンとシリウスが輝き、沢の流れと重なる様に南から北へと流れる天の川の片隅に、スバルの群星が静かに流れていた。
11時過ぎ 川上から風が吹いてきた。電池が切れかかったツリキチ・ノボルとカメキチ・タカシは、それぞれの寝床に潜り込み、渓流の沢音を夢枕に、気絶するように眠りに就いたのだった。
闇の中 また遠くで、鹿が啼いた。
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