2015年12月28日月曜日

焚き火と薪ストーブ

 

焚き火の向こうに、薪ストーブが燃えている。

 信州の駒ヶ根で、リフォーム改築した蔵にて薪ストーブと共に、3年間暮らした。
 南国産まれの小学42年生にとって、真冬のマイナス14~15度の日々の暮らしは始めての経験だった。
 風呂が蔵の外裏にあったため、部屋に戻る数秒の外気で、濡れたタオルが凍って固まり、朝起きると窓際の花瓶の水が凍っているのには驚いた。
 それとは知らず、初年度の秋にガスと電気を止め、薪ストーブひとつで、信州の冬を過ごしたのだった。
 暖房はもちろん、風呂のお湯と食事のまかない全てを、薪ストーブの熱源だけで暮らしたのである。
 夏から初冬にかけ4ヶ月の毎朝、玉切りされた針葉樹の切株4~5個を斧で割る薪作りを、出勤前の日課としていた。日々積み重なってゆく薪山の姿に豊かさを感じ、しばらくウットリと眺める余裕を楽しんでいた。
 その薪山も冬の訪れと共に、見るみるうちに低くなり、2月手前の一番寒い時期には、さらなる薪の節約をするハメになった。
 2月~3月のあいだは、暖かい薪ストーブの周囲2メートル圏内が生活範囲となり、20畳ほどの広い蔵のなかで、4畳半的生活を強いられたのである。
 そんな日常も、南国産まれの小学43年生にとっては始めての経験であり、あらゆる出来事が新鮮でかつ楽しい雪国の暮らしの日々だった。

 数多くのアウトドア・ライフで繰り返された、焚き火の炉床遊びは、直火と関わる多くのことで、結果、日々の暮らしの生活エネルギーへと思いを馳せることになるのだった。
 薪を燃やす試行錯誤の火遊びの体験をきっかけに、お湯を沸かし、その温もりで体を暖める。薪一本の熱エネルギーによって外気の寒さから身を守ることの実感をとおして、樹木や森の大切さを学ぶのである。
 南の島に暮らす今の私は、これから訪れるであろう雪国の寒い冬に、赤々と燃える薪ストーブの炎に想いを馳せ、無人島の砂浜で、小さな焚き火と遊び暮らしているのだった。
 
 そうそう、大切なことをひとつ。信州の山奥・川上村にて、我敬愛する、孤高に生きる実存主義哲学者&作家である賢者の「教え」を記しておこう。 
曰く、

「好きなこと、やりたいことがあるなら、今すぐやりなさい。
人生は思っていたよりも短く また長い。
夢があるなら、今すぐ、その夢の実現に励め。
夢は、夢見た者を裏切らない。
人が、夢を裏切る。

この世は今、混沌として無秩序で、あてどない。
民主主義という金糸の御旗が、ぼろぼろになってはためいているからである。
時代のドグマ(教条)に陥るな。歴史家の眼差しを持て。
自分たちが今生きている時代が、どんな世界なのかをみつめよう。
どうしたら時代の狂気に巻き込まれないで、シンプルに生きていけるかを考えよう。

目の前に燃える薪の炎と、自分を信じて 実存的な孤独を友としなさい。
自然を敬い、人生を楽しめ。」

薪の炎が、そう「教え」ている。
Thank you for Mr.Tabuchi Yoshio & Saiko-san,
Mr.Paul Kastner, your kindness,



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