せっかくビアンキのクロス・バイクを手に入れたのだから、しばらくコイツと真剣に遊んでみようと想う。
ロードランナーではない怠け者は、目的の無いルームランナー的トレーニングは苦手なので、総重量3~5kgのキャンプ道具をパックに担いで、海岸沿いをある程度の距離を走り抜け、気に入った無人の砂浜でお気楽な「焚き火・野宿」を目的としたい。
2019年1月26日土曜日
ROLL OVER CAMPING with BIANCHI
2019年1月19日土曜日
クロス・バイク
ビアンキ・ローマtype 4~ゲット!
2019年、年始早々、ビアンキのクロス・バイク(中古・自転車・超美品)前オーナー委託販売のビアンキ・ローマtype 4を、ちゃんとした自転車ショップにて偶然みつけ、リーチ一発・即買い付けました。ビアンキ・ローマtype 4~2017年モデル本体の外に、なんと、バイクスタンド(タンチョウ)、チタン製ドリンクホルダー、ハンドル・フラッシュライト、リヤ・ストロボライト、ドデカイ防犯ベルト(ブルースネーク)、バイク・カバー、そして空気圧メーター付きの空気入れポンプの7点備品付きで、なんと 総額 45,000円! でした!! 思い立ったが吉日、善は急げ!とはこのこと 也
ちなみにロード・バイク自転車乗りの友人・孝一兄のアドバイス「何はともあれ公道走るならヘルメットは必需品!」ということで、その翌日、スポーツ・デポ・サイクリング・コーナーにて、数あるヘルメットの中からシンプルなデザインとかぶった感じ、そのフィット感から LAZER社 の黒(割引価格・約9,500円)を即・購入。
家に帰ってヘルメットの取り説・見たら、なんと シマノ・スポーツ のちゃんとしたヘルメットでした。それと、パット付きインナーパンツと薄手のグローブを一気買いし、ピーカンの晴れた日に、うるま市のバナナハウスの我が家から、海中道路を走り抜け、浜比嘉島までの片道20km、往復40kmを4時間攻めまくりました。ところが、その翌日から2~3日のあいだ、体中の筋肉がバキバキで大変です。
思い立ったが吉日、 善は急げ! バッキ バキッ!
2019年1月6日日曜日
猪突猛進!
2019年
新年 あけまして おめでとうございます。
新たなる年号に向け 我が人生も新たなる発見と感動を求め
チャレンジを 漕ぎ始めます。
サァ 今日から 今年 成せる「夢」の実現に向け、
漕ぎ出します!
想い起ったが 吉日 也
今年が 皆々様にとって 良き年でありますように お祈り申し上げます。猪突猛進! 枠から 飛び出せ、自由な心と共に。
本年も 宜しくお願い致します。
平成31年 1月1日 元旦
伊東孝志
伊東孝志 南彩63 筆
2018年11月25日日曜日
シーカヤック 一人旅
いずれの旅がそうであるように、全てにおいて自由気ままな一人旅は、ほんとうに楽しい。
時間という概念をすて、日がな一日を勝手気ままにやりたいことを夢中になり遊びまくる。理想のキャンプサイトを設営し、スケッチや絵に没頭する。腹がへったら火を熾して飯を食い、そしてまた遊びに夢中になって「時」を忘れる。
沈む夕陽をながめ、日が暮れ、また火を熾して「暗闇の夜」を楽しむ。
満天の星空の浜辺、焚き火のかたわらにて潮騒を夢枕に、遊び疲れていつしか深い眠りに就く。
海鳥たちのざわめきと、そよぐ浜風に目覚め、明けゆく朝焼けの空をながめ、火を熾して暖かい飲み物を淹れる。
そして、昇る朝日と共にまたあらたな一日、自由な「旅」が始まる。
さて、今日はどの無人島へと 漕ぎ航ろうか……
そんな無人島のシンプルなシーカヤック・一人旅は、いくつになってもヤメられない。
2018年11月6日火曜日
外事 ひとこと
かつて私が携わった雑誌について、ひとこと。
これはあくまでも私の個人的な意見、もしくは感想としてのこと、そしてまた、かつて出版界に携わってきた人間としての嘆きでもある。
その雑誌の表紙には、サルが寝そべり「ゴミ 捨てんなよ!」とほざいていた。
私は雑誌の中のエスケープ・ルートというコーナーに時々だが、イラストを連載寄稿していた。
ある日、送られてきたその雑誌のコラムページに、原発の俗にいう「死の灰」の処理方法を肯定する記事が載っていた。
〜原子力発電所から出た「死の灰」をガラス容器に詰め込み密閉して地下300メートル埋めれば安心ですね。〜
という、まるで幼稚園生を説得する様な言い訳じみた解説のついた、これまたテキトーで稚拙な図解がまことしやかに掲載されていた。
「これって、このエコロジー雑誌が「死の灰」を肯定するのは、オカシィんじゃないの。……だって、土壌汚染の原因になるセシウム137の放射線半減期は約30年で、1000分の1以下になるには300年、しかも原発から出る「死の灰」全体に含まれる放射能が半減するまでに200万年かかるんだよ……、その間、だれが管理するの?200万年の間に地殻変動で、300メートルなんてアッという間に地表に出てくるゼ!」
と、当時エスケープ・ルート担当編集者に自分の想いを投げかけた。すると彼は「イトーさん、出版は『金』がないとできないんですよッ!」と。
「?……。だったら表紙のサルの看板、外しなよ!『ゴミ 捨てんなよ!』って言ってるじゃないか。エコロジー雑誌なんて名前付けんじゃねぇヨ。」と言葉は暴力的だが、冷静に想いを伝えたのだった。
そのやりとりがあってか、それっきり連載コーナー・イラストの依頼は、翌月からピタッと来なくなってしまった。いいんだけどね、外にやる事あるし。
しばらくして、東北大震災が起き、例の福島原発が人災により爆発!した。
言っとくが、この原発事故は天災ではなく人災・ヒューマンエラーである。「想定外による〜」と関係者が7年経った今でもヌケヌケとほざき逃げ回っているが、この事故はれっきとした人災なのだ。
その原発の危険性を、20数年前に発刊された雑誌デイズ・ジャパン・原発特集記事や、広瀬隆(ひろせたかし)氏の著作本(そのすべてがまるで原発事故に対する予言書)の数々、そして京都大学原子炉実験所・元助教 小出裕章(こいでひろあき)氏などが40前からその危険性を警告し続けていたのだった。
で、福島原発事故後に宝島社から発行された別冊・原発に関わる関連会社の特集を読み解いてわかった。
東京電力と電通、そしてサルが寝そべり「ゴミ 捨てんなよ!」とほざいていた雑誌を発行している某出版社は原発事故当時、東京電力すぐ近くにあるTEPCO・テプコ・ビルに在籍する同グループで、各メディアの仕事をそれぞれ分担していたという事をね。
原発事故後、そのことが巷にばれてか、その雑誌の表紙のサルは、いつのまにかどこかへ雲隠れし「ゴミ 捨てんなよ!」の看板コピーライトは消されていた。しかも、腹黒いその出版社・編集部はいちにの三で住所を変え引っ越し、今現在では社名も変え新宿界隈をウロついているらしい。
しかし東京電力と電通、その雑誌メディアとしての関係性はサルを隠したところで本質は変わらないだろう。
おお〜い みんな、ダマされんじゃ ね〜よ!
事故発生から7年過ぎて、もう忘れたかな? のどもと過ぎて、なんとやら……
今現在でも事故発生当時と全く変わらず状態ってことを。
フクイチの原発事故現場では、今でも放射能や汚染水はダダ漏れ状態だし、汚染された地下水や冷却水は止める術無く、秘密裏に隣接する海域に放流され続けているのだから。
原発 反対! 福島返せ!!
2011年春3月桜満開の芝公園に仲間たちと集まり反原発を叫んだ。
7年過ぎた今あの危機感どこえやら。今でもフクイチ現場はあの時
と同じ放射能垂れ流し状態だ。
「地球にいいモノ、いいこと・スローライフ・スローフード・LOHAS・ ロハス・ライフスタイル……」等など、
雲隠れしたサルに、ダマされんじゃねぇ〜よ!
原発 絶対反対! 福島返せ!!と、メディアは 声を大にして叫ぶべき 〜と 想うゼ!
最悪の原発事故は東京電力の怠慢から起きた「人災」である。
勝俣をはじめ事故を起こした関係者は7年過ぎても「想定外」
で逃げまわる。雑誌デイズ・ジャパンは1988年4月の創刊号か
ら原発のぜい弱性を指摘し、広瀬隆と小出裕章はその危険性を
40数年前から語っていた。聞け!フライング・ダッチマンたち
が叫ぶ「ヒューマン・エラー」を、あの原発事故の真実を!
原発 絶対反対! 福島返せ!
叫べ
原発 絶対反対 を
聞け!広瀬 隆氏 と 小出 裕章氏の真実の叫びを。
聞け!フライング・ダッチマンの若者たちが叫ぶ
「ヒューマン・エラー」を、
あの原発事故の真実を!
FRYING DUTCHMAN humanERROR
https://www.youtube.com/watch?v=ENBV0oUjvs0&feature=player_embedded
FRYING DUTCHMAN humanERROR Live
https://www.youtube.com/watch?time_continue=7&v=yzY6W-TDvzI
おお〜い みんなァ〜
大切な 友だちに この彼らのメッセージを 伝えてくれェ !
大切な 友だちに この彼らのメッセージを 伝えてくれェ !
2018年11月3日土曜日
薪ストーブ・ライフ ファイヤーサイド2019年カレンダー
ファイヤーサイドにて販売開始!
2006年の夏から2009年の秋9月までの3年間、信州・駒ヶ根の「薪ストーブ」バーモント・キャスティングス日本総代理店ファイヤーサイドにて広告および商品開発のアート・ディレクターとして、薪ストーブ&関連商品・販売促進に参加させていただいた。
参加する以前は薪ストーブ設置例の写真中心のカレンダーだったが、イラスト・レーターでもある私の提案で、薪ストーブおよび関連商品の販売促進につなげるべく、もっと夢のある薪ストーブ・ライフの世界をイラストレーションで表現しすることになった。
ファイヤーサイド社長のポールさん宅の敷地内にある大きな蔵に間借りし、薪ストーブ「アンコール」ひとつでマイナス15度前後にもなる駒ヶ根の冬を3年過ごした。
出勤前の朝は薪割りに始まり、同時に薪ストーブで飯を炊き、卵焼きとシャケを焼いて弁当を作る日々を送った。暮れなずむ夕暮れ時は半額シールの張られた握り寿司弁当をスーパーで買い込み、蔵に戻ってストーブに薪を焼べ足し、湯を沸かしてお茶を淹れ、弁当を喰らうという薪ストーブ・ライフをそれなりに楽しんでいた。
そんな薪ストーブ・ライフを想い出しながら、1月から4月、そして7〜8月の3枚を描き上げた。残りの3枚は……カレンダーはカレンダー、カタログはカタログ、それぞれの役目と機能は違うのでは?……との疑問を投げかけたのだが、今回は、ポールさんや新しいスタッフの希望をふまえ、新商品のカタログ的に描き上げたのだった。
今回のカレンダーに携わってみて、日本における薪ストーブ業界のあらゆるシーンが、10年前とはかなり変化している気がした。が、しかし、薪を割り、乾燥させ、薪ストーブで燃やし、寒い冬を暖かく過ごすという、シンプルな薪ストーブ・ライフは何一つ変わらないと想うのだが……
いずれにしろ、薪ストーブと共に日々を暮らす多くのユーザーが、一年を通して幸せに日々を過ごせる事を願いつつ描き上げた、2019年度のファイヤーサイド・カレンダーだった。
*ファイヤーサイド・ホームページ
楽しかった薪ストーブの暮らしから遠く離れた今現在は、真冬でも平均気温15度前後の南国・沖縄&奄美で、シー・カヤック漕いで無人島に渡り2〜3日ウィルダネス・キャンプを楽しみ、琉球古来の木造船「サバニ」を造船しつつ、少数精鋭クルー3人のサバニ・チーム「風」を立ち上げ、2〜3年後は季節の南風を帆に受け沖縄を漕ぎ出て奄美へと航り、そのあとは遥か若狭の海を目指し、若狭の風をつかまえ琵琶湖の水面をサバ二で滑走する夢に向かって、日々「注染・手ぬぐい」作りと「奄美24景〜36景」のドローイング制作に励んでいる。
薪ストーブ・ライフ 手ぬぐい 2
ファイヤーサイドにて販売開始!
その2~「薪ストーブ」〜 寒山一景
遡ること25年前の1993年ごろ、モノ・マガジンの別冊・サバイバル・マガジンの取材で初めて長野県川上村に住む作家・田渕義雄(タブチヨシオ)氏を訪ねた。氏の山小屋風の居間には、初めて見る真っ赤な「薪ストーブ」バーモント・キャスティングス社製のデファイアント・アンコールが、赤々と燃えていた。
田渕氏はデファイアント・アンコールを日本で初めて個人で輸入し、真冬にはマイナス20度にも冷え込む日本一標高の高い川上村・寒山にて、就筆の傍ら、ひとり孤高にシェカーデザイン家具の「椅子と机」を独学で造り続けていたのだ。
その出会いから2年後の1995年、我々は雑誌アウトドア・イクィップメントを創刊し、コマーシャリズムに乗らない、広告に頼らないアウトドア情報誌を世に送り出し、真のアウトドア・ライフの世界を紹介・提案したのだった。
刷り上がりホヤホヤのアウトドア・イクィップメント創刊号を手に持ち、田渕氏の自宅を再訪した際、氏自宅前の小さな坂道を車で駆け上がったところで200m向こう、ミズナラ林の中にひっそりと佇む田渕氏宅の赤い屋根が見えてきた。そこに立つ黒い煙突から流れ出るうす青い狼煙(のろし)を目にしたとき「いまここに真の自由の入り口に、自分はやっとたどり着いたのだ!」という感情が込み上がってきて、自然と涙が流れ出た。
そのあといくつかの時を田渕氏と過ごし、多くのことを学ばせていただいた。
氏との出会いによって、私なりに確信したことがある。
〜河辺の「焚き火」向こう岸に「薪ストーブ」が燃えている。その間に流れる深き河は、自由な精神をこころに持ちつつ、己自身の力で泳ぎ、または漕ぎ進むのだ。〜 と、いうことを。
初めて見たデファイアント・アンコールの赤々と燃える炎を想いつつ、寒山の一景を手ぬぐいとして、染め描き残したのだ。
*ファイヤーサイド・ホームページ
https://www.firesidestove.com
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